2006年9月25日アニメ感想

シムーン / 第26話 彼女達の肖像

遂にシムーンも最終回ですよ。これで終わってしまうのは寂しいですね…


「田園」の流れる中、冒頭からリモネ登場。結構成長していますが、3・4年後ぐらいでしょうか?
リモネ達がいる村では翠玉のリ・マージョンを行うことによって新たな花や作物を得ている模様。ここから察するに、歴史改変の効果は翠玉のリ・マージョン以前には遡らないみたいですね。つまり、

―――歴史X―――(現在)―――歴史X――→
              ↓翠玉のリ・マージョン
―――歴史Y―――(現在)―――歴史Y――→

と言うわけではなく、

―――歴史X―――(現在)―――歴史X――→
              ↓翠玉のリ・マージョン
―――歴史X―――(現在)―――歴史Y――→

ってことですね。
サブ・タイトル後にはわっふんとモリナスが。わっふんはメッシスシミレ運送業を営んでいて、モリナスはそこに雇われているようです。わっふんの娘が出てきましたが、誰が妻なのか非常に気になりますw
ちょw 「すっぽーん」って、モリナスの妊娠ktkr! ワポーリフとは良い関係が続いているみたいですね。
ん?CVがゆかなさん言うことはもしかして…やっぱりエリフでした!まさか出てくるとは思っていなかったので驚きです。第2話でネヴィリルにフラれてその後が気になっていましたが、ちゃんと男として頑張っていて安心しました。
「明日への勇気」をバックに去っていったシミレにアーネヴィのシムーンが重なる。なるほど、今回は現在と過去を交互に繰り返す形式みたいです。アーネヴィを逃がしたことを問いつめられる豆腐グラタン
また現在に戻って、良い表情をするようになったパラ様登場。そしてマミーナの髪型をしたロードレを見て思わずこみ上げるものが…。パラ様は戦災孤児の面倒を見ていて、名門出のロードレが支援しているようですね。孤児の中に男の子もいるように見えますが、礁国の子もいると考えるのが自然でしょうか。
引き続き豆腐艦長を問いつめる嶺国軍人。この人も昔は巫女だったんですね。
疑念と真実」が流れて、4機の古代シムーンがアーネヴィ機を追うべく飛び立つ。泣き崩れるフロエ。皆が慰める内に何故かじゃれ合いにw 微笑ましくもあり、その一方でどこか寂しくも感じたり。
2人とも女になったカイムとアルティは仲良く過ごしているようです。ようやく蟠りも消えたんですね。
最終回のアイキャッチはそれぞれネヴィリルとアーエルでした。アングラスやマミーナと同じく天使のイメージ?
CM明けて舞台は泉。「美しき巫女の涙」が流れ始めて、オナシアのような格好をしたユン登場。何故にドミ姐の名をつぶやいたのか?
と思ったら、病床のドミ姐登場。なかなか出てこないからちょっと心配していましたよ。もしかしてもう死んじゃったのかと。にしても体調が優れない理由が気になります。
アーネヴィ機に追いついた古代シムーン。「歴史は語る」をバックに朝凪のリ・マージョンを描く。その様子をアルクス・プリーマから見ている人達。敵も味方も皆一緒に。
そして曲が転調を迎えるのと同時に翠玉のリ・マージョンを描くアーネヴィ。ここで「伝説のリ・マージョン」が流れないってことは、この曲は未使用で終わりそうですね。
一瞬リモネのいる時代に現れるアーネヴィ機。なるほど、「アーエル」と言う言葉を伝えたのはリモネだったんですね。ってことはあの辺りは後の嶺国でしょうか。
また新たな世界へと飛ぶことを決意したドミ姐とリモネ。2人が去っていった後には例の結晶が!ドミ姐の体調不良はこれが原因だったのか…。翠玉のリ・マージョンを成功させても、少女のままではいられないなんて…
いよいよ男性化組登場。フロエ改めフローフとヴューラ改めヴュラフの元には赤紙が来てました。礁国と嶺国は冷戦状態とのことでしたが、いよいよ開戦は避けられないようです。2人の会話からすると、宮国は礁国と嶺国に分割統治されている?
湖に沈んだアルクス・プリーマを横目にフローフとヴュラフはお別れ。ここで使われていた曲はサントラ未収録ですね。
そして元コール・テンペストの面々の述懐シーンに突入。と言うか、モリナス2人目だったのか!
ここで豆腐グラタンキタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!? 豆腐元艦長は眼鏡なんか掛けちゃってどうしたのw
蓄音機から流れ始める「妖艶なる絆の響き」。え?何故かアーエルとネヴィリルがアルクス・プリーマの中で踊ってる!?ちょ、ちょっと待って!何だこれ?
と混乱している内に、パラ様が書き残した落書きが。これはひどいw ワポーリフは帽子だけだし、ドミ姐はスゴい顔してるし。ってか、パラ様はちゃっかりネヴィリルの隣にいるよw しかも書き直し。
そんなこんなで蓄音機が切れ、唐突にEDに突入。終了。


1度目に見た時は「何だこの終わり方は」と思ったのですが、良く考えると最後のダンスは実際にアーエルとネヴィリルがあそこにいるわけではないですよね。元シヴュラ達の心の中のイメージと言ったところでしょうか。つまり「永遠の少女」となったアーエルとネヴィリルは沈んだアルクス・プリーマの中で踊っていると。実際のアーエルとネヴィリルがどこにいるのかは誰にも分かりません。ドミ姐のようにいずれは結晶となって消えてしまうのかもしれません。それでも実際はどうなったかを描かないことによって、アーエルとネヴィリルは皆の心の中で「永遠の少女」たり得るのです。
振り返って見れば、最初から一貫してシムーンのテーマは「少女」だったと言うことでしょうか。いつまでも「少女」のままでいたい、でも現実にはそうはいられない。それでもアーエルとネヴィリルは「永遠の少女」…。これからも皆の心の中で2人が永遠に踊り続けることを思うと、ある種の戦慄を覚えました。こう感じるのは、EDの入り方からして強ち間違いではないと思います。
あくまで「少女」が描きたかったのだとすれば、回収されていない「伏線」がたくさんあるのも頷けます。今まで「伏線」に見えていたものは「少女」を描くための舞台装置に過ぎなかった。だから細かい説明は不用であると。「意味などという言葉に何の価値もないのです」ってことですねw
今の私は、アルクス・プリーマの艦上から翠玉のリ・マージョンを見送った嶺国軍人のような気分です。何だか切ないですね。
とまあ、こんな感じに私は理解しました。そこへ辿り着くまでに5時間も掛かってしまいましたがw このような最終回は否定的意見も多いでしょうし、私の解釈には多分に信者補正が入っているかもしれません。それでもシムーンは素晴らしい作品であったと、私は言いたいです。有り難う、キャストとスタッフの皆さん!